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石原浜渦無責任体制 見えてきた豊洲移転問題の本質

 都議会百条委員会証人喚問の第一ラウンドが終わったいまも、依然として明らかにならない築地市場の豊洲移転問題の真相、きょう渦中の浜渦武生元副知事が偽証の疑いに対する反論のための会見を行いました。氏の質問者に対する横柄な言動もさりながら、前から胡散臭く感じていた彼のルーツを調べて見て合点が行くことがいくつかありました。

 テレビで幾度か垣間見た百条委員会で席を立ってスjタスタと証言席までかなり早く歩く、彼の姿勢は私の記憶に残るものの一つですが、その根本は空手だと納得が行きました。剣道部に在籍していた大学時代、隣では空手部が練習していましたが、浜渦氏の歩きはまさに彼らの歩く様子そのものでした。また、百条委員会の証人席で「水面下で説明するよ!」と呟いたとされる場面を想起するまでもなく彼の表情に常に浮かんでいる優越意識の元も、そこにあることに納得できたのです。つまり、「文句があるならかかって来い」という、彼一流の挑戦的な姿勢は、jこの空手修行の結果でした。
 空手有段者はその人自身が武器と認定されることも少なくありませんが、浜渦氏の一見頑なとも映る横柄な態度は、おそらく「喧嘩になれば簡単には負けないぞ」、という意思の裏返しでしょう。

 話が本題から反れてしましました。
 さて、その筋によると石原慎太郎氏と浜渦氏との出会いは浜渦氏の学生時代にまで遡及するといいます。想像ですが、その当時「太陽の季節」などで注目作家として風靡していた石原氏に、右翼っぽい青年が思慕の思いを以て接近したらしい経緯も、「芽むしり仔撃ち」など石原氏の小説に目を通したことのある者としては理解できます。
 
 これはあくまでも想像ですが、青年作家時代から長く身近に居ることとなった浜渦氏を、(まさか喧嘩強さを評価したのではないでしょうが)都知事時代の石原氏がついには副知事として重用し、自身関心の低い市場問題などのアイテムを彼に一任したことが今回の築地・豊洲移転問題を拗らせたものと判断できます。
 なにしろ、週に2・3日しか登庁しないという石原元東京都知事の無責任ぶりは、その浪費性向とともに当時から有名でしたから。

 想えば昭和40年代、石原慎太郎や三島由紀夫も一世風靡した作家でしたが、どちらも果ては挫折してしまい、東大紛争で激を跳ばした三島の最期は周知の通りです。
 都議会百条委員会に何十年ぶりに登場する、石原慎太郎元東京都知事をはじめ、選挙に拠らないチンピラ右翼まがいの副知事の作為・不作為によって都民がいかに直接・間接の被害を被っているかを、都民ファーストを旗印に掲げる小池百合子氏にも是非知って欲しいものです。
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